『源氏物語』第22帖「玉鬘」のあらすじ
夕顔のことが忘れられない光源氏と右近
いろいろな女性と出会ってきた光源氏ですが、夕顔のことだけは今考えてみても特別な人だったと、折につけて思い返します。
夕顔の乳母子だった右近は、今では光源氏のそばに女房として支えていたのでした。
彼女もさまざまな女性を見るにつけても、夕顔さまが生きていれば、明石の君さまと同じくらいの扱いは受けていただろうにと残念に思っています。
玉鬘の半生
夕顔と頭中将との遺児である玉鬘は、なんと乳母とともに、筑紫国へ下っていたのでした。
20歳にもなり、今では筑紫で有名な美人となっていますが、自分の生い立ちを知るにつれて、京へ戻ったものか、田舎で暮らしていくのか、身の振り方に悩んでいます。
そんな折、肥後の有名な豪族・大夫監が強引に求婚しますが、恐ろしくなった乳母一向は、逃げるようにして京に向かいます。
右近と玉鬘の再会
一行はなんとか京へは辿り着いたものの、身寄りはありません。
頼るあてもないまま初瀬の長谷寺にお参りに行くと、たまたま泊まった宿で、夕顔のことを知る右近と再会します。
そのことを聞いた光源氏は喜び、養子にとって六条院に迎えることを決めました。
末摘花の陳腐なふるまい
年の暮れ、源氏は紫上と一緒に、それぞれの女性に見合うような正月用の晴れ着を選別します。
女性たちはお礼の返事を差し上げますが、二条東院に住む末摘花だけは真面目になって、会いにも来ないのに着物だけは贈ってくると、恨み言を返してきます。
ほとほと呆れた源氏は、紫上に向かって、末摘花に対する皮肉をつい口にするのでした。
『源氏物語』「玉鬘」の恋愛パターン
玉鬘―大夫監
- 玉鬘:美貌のため多くの男に迫られるも、乳母によって大切に守られてきた
- 大夫監:地方の豪族である彼は、力を見せつけながら強引に求婚するも逃げられてしまう
『源氏物語』「玉鬘」の感想&面白ポイント
玉鬘の人柄と半生
「玉鬘」巻では、頭中将と夕顔の遺児である玉鬘が中心となって、物語が進みます。
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『源氏物語』「夕顔」のあらすじを簡単に!感想&和歌の意味&登場人物まとめ!
光源氏はその事実を世間に知られまいとしたため、夕顔の家族は彼女が生きているのか死んでいるかも分からないまま、日を暮らしていました。
そんな彼女が遺した子どもが玉鬘。
そこで20歳まで箱入り娘として過ごしているうちに、大変な美貌であることが周囲に知れ渡り、数々の男が求婚します。
しかし、いつかは都に帰って母親と再会したいと願っていた玉鬘や乳母たちは、不具であるとか尼にするとか言って、ことごとく申し出を断り続けていました。
とはいえ、一体いつになれば都に戻れるのか?
乳母ももうかなりの年だし、このまま筑紫で埋もれていく運命だったのだろうか?
大夫監はそのあたりでは知らぬ者はいない豪傑で、力もあり、下手に断ると何をされるかわかりません。
乳母の3人息子たちも、長男を除いて大夫監に味方します。
都へ帰れるかも分からないし、帰れたところで身寄りもない。それにこの土地で大夫監に逆らったらどうなるか分からないと、求婚を承諾するよう説得するのです。
恐ろしくなった玉鬘と乳母は、長男と一緒に筑紫を逃げ出し、必死の覚悟で都へと向かいます。
頭中将の娘と生まれるも、不運が重なって筑紫で育つことになった玉鬘。
そんな彼女には、思いもよらぬほどの待遇が待ち受けていました。
大夫監の人柄
玉鬘の上京に入る前に、大夫監の人柄について少しまとめておきます。
彼の登場場面はユーモラスで、「玉鬘」巻でも見どころのひとつと言ってよでしょう。
大夫監といって、肥後の国に一族を多くもち、そこでは評判も高く、勢力も強大な武士がいた。無骨で恐ろしい気性のなかに、好色な心も持っており、美しい女性を集めては妻にしようと思っていたのだった。
(大夫監とて、肥後国に族ひろくて、かしこにつけてはおぼえあり、勢ひいかめしき兵ありけり。むくつけき心の中に、いささかすきたる心まじりて、容貌ある女を集めて見むと思ひける)
彼は玉鬘の噂を聞きつけると、ぜひ妻にしたいと家までやってきます。
大夫監は圧力をかけて、玉鬘を貰おうとしています。
ところで、この時代で男女の仲の進展を図るには、やはり歌が欠かせません。
大夫監も玉鬘に歌を贈りますが、そのやり方がいかにも粗野なのには面白みがあります。
こうして大夫監が帰り、四月二十日にまた来るまでの間に、玉鬘一行は筑紫を抜け出して、早舟に乗って都へと向かったのです。
途中、後ろから船が来るたびに、
とソワソワしていたので、生きた心地もしないような船旅でしたが、幸運な風向きもあってなんとか辿り着きます。
ただ、決して悪い人物ではなく、むしろ人間味あふれる彼の存在は、『源氏物語』の世界を豊かにしています。
大夫監のふるまいを見ると、貴族社会の秩序は決して容易く形成されているものではなく、貴族たちの努力的な気品の継続によって成立していることが、よく分かる気がします。
初瀬の長谷寺〜右近と玉鬘の再会〜
さて、「玉鬘」巻の中心人物である玉鬘の人生に話を戻しましょう。
筑紫から京へ辿り着いた玉鬘一行は、九条にいる知り合いの家を宿にします。
京都とはいえ、そこは身分の低い市女や商人のいるところ。
どうも今後の見通しが付かず、付いてきていた従者たちも、何かと言って逃げ去っていく始末。
豊後介はこの状況をどうにかしようと、
と言い出し、一行は奈良へと向かうのでした。
初瀬には当時から有名な「長谷寺(奈良県桜井市)」があり、そこで玉鬘を助けてもらおうと考えたのです。
そこで待っていたのが、右近との運命的な再会。
みなは驚くやら嬉しがるやらで大騒ぎとなり、それも右近は今の太政大臣に仕えているのですから、身なりも扱いも相当な上流人で、最初は気づかないほどでした。
しかし、それぞれが10年を超えて祈り続けていたことを考えると、あっても良い偶然だと思わされます。
初瀬から帰ると、右近は光源氏に玉鬘の無事を報告し、その後は一行ごと六条院に迎え入れられることになります。
筑紫や九条で身をやつしていた玉鬘一行が来ることで、新築である六条院の華々しさが一層際立つ仕掛けとなっている場面です。
というのも、かつて光源氏は夕顔と交際していた際、互いに素性を隠したまま会っていたんですね。
そして、きちんと名前を明かすことなく、夕顔は突然死してしまいます。
長編物語だからこその、奥深い味わいです。
それぞれの女人の着物の色
光源氏はその年の暮れ、庇護している女性たちそれぞれに似合う着物を贈ろうと、紫上と一緒に吟味しています。
物語は波瀾万丈だった玉鬘の人生から離れ、読者も六条院にいる女性たちの人物像を改めて想像する機会が、この朗らかな場面から与えられるのです。
- 紫上:紅梅の紋がよく浮き出ている、紫色の小袿と濃い朱色の袿
- 明石の君:梅の折枝に蝶や鳥が飛び交っている模様の唐風な白い小袿に濃い紫を重ねた着物
- 花散里:浅縹色(透き通った青色)に海の紋様をこしらえた着物に、濃い赤のかいねり
- 玉鬘:曇りのない赤色に、山吹の花模様を付けた細長
- 末摘花:柳の織物(黄緑色)に由緒ある唐草模様が付いてある着物
- 明石の姫君:桜の細長にかいねり(柔らかい絹)を添えた着物
- 空蝉:青鈍色(紺がかった灰色)の織物と梔子色(黄色)の着物
個人的には明石の君が紫を着るのは意外な感じもして、紫上もそれに対しては少し嫉妬気味です。
▽明石の君の着物が立派なので紫上が嫉妬する場面
梅の折枝、蝶、鳥が飛び交っている模様の、唐の国っぽさがある白い小袿に、濃紫の艶やかなのを重ねたものを明石の君に選ぶ。光源氏の思いやりが気高いのを紫上は不愉快に思う。
(梅の折枝、蝶、鳥飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に濃きが艶やかなる重ねて明石の御方に。思ひやり気高きを上はめざましと見たまふ。)
花散里は浅縹と紅で鮮やかですね。玉鬘も華やかで似合うのでしょう。
さらっと空蝉の名前も再登場しており、源氏の庇護下に入った様子です。
青鈍色(あおにびいろ)と梔子色(くちなしいろ)はどちらも尼が着る色で、「関屋」巻で出家した空蝉が尼であることを示しています。
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色とりどりの着物が描かれたこの朗らかな一幕は、末摘花の滑稽な恨み言で閉じられることになります。
末摘花の陳腐なふるまい
みなが素敵な着物をもらって光源氏にお礼の手紙を送るなか、末摘花だけは恨み言を寄越します。
いやどうも、頂戴しましたのもかえって、「着てみると恨めしく思います、私の涙で袖を濡らしたこの唐衣をお返ししてしまいたいくらいです」
(いでや、賜へるはなかなかにこそ、「きてみれば恨みられけり唐衣かへしやりてん袖をぬらして」)
『源氏物語「玉鬘」』
これには源氏も苦笑するばかりで、わりと毒舌になって紫上に愚痴をこぼします。
昔の歌詠みというのは、「唐衣」「袂濡るる」なんて恨み言が常套句なのですね。私もその仲間ですが。さらにその一筋だけにこだわって、今風の言葉なんかには耳も貸さないのが、立派といえば立派だが。
(古代の歌詠みは、唐衣、袂濡るるかごとこそ離れぬな。まろもその列ぞかし。さらに一筋にまつはれて、いまめきたる言の葉にゆるぎたまはぬこそ、ねきことは、はたあれ)
『源氏物語「玉鬘」』
第15帖「蓬生」巻では健気な女性として描かれていた末摘花ですが、今回は第6帖「末摘花」巻と同じく、滑稽さが前面に出ている話でした。
実は末摘花に贈られた萌黄色というのは、若い女性の着る色。
末摘花の年齢は不明ですが、もしかしたら分不相応な源氏の贈り物に腹を立てたのかもしれません。
物語の濃淡を付けるために良いように使われる末摘花は可哀想ですが、それも含めて『源氏物語』の面白味だと言えるでしょう。
次の「初音」巻は新年となり、源氏が各々の家を訪問するお話です。
『源氏物語』「玉鬘」の主な登場人物
光源氏
35歳。思わぬ玉鬘の発見に喜ぶ。
年末には女性たちに似合う着物を贈る
右近
奈良の初瀬の長谷寺行きの道中、宿で偶然にも玉鬘一行と再会する。
源氏にその旨を伝え、六条院入りの橋渡しをする。
玉鬘
頭中将と亡き夕顔の娘。大変な美貌と知性で筑紫国では有名だった。
4歳〜20歳まで筑紫で育つも、ようやくのことで京へ帰ってきた。
大夫監
肥後国の豪族。玉鬘の噂を聞きつけ、強引に求婚する。
粗野で下品ながら憎めない人物。彼の強引さがなければ、玉鬘は京へ帰ってこなかっただろう。
花散里
玉鬘の後見人となり、同じ夏の町に住む。
夕霧の後見人もつとめており、源氏に頼られやすい人物と言える。
紫上
右近が玉鬘のことを源氏に話す際、同じ部屋で聞いていたので、夕顔のことを初めて知る。
年末には源氏と一緒に女性たちの着物選びをし、明石の君に嫉妬心なども抱くが、表立った非難はしない。
末摘花
源氏に萌黄の着物を贈られ、お礼の代わりに恨み言を寄越す陳腐なふるまいを見せる。
健気な様子はどこへやら、頑固で気の利かない滑稽な人物として再び描かれる。
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