『津軽』とは?
『津軽』は、太宰治が生まれ故郷の津軽地方を旅した、紀行文的な小説です。
青森県津軽地方の風土や、太宰と関係の深い人々を通して、太宰治という人間の成り立ちを描いた作品になっています。
青森県のなかでも津軽地方は北西部ですが、太宰治の出身地ということで、この『津軽』を手にして旅行する文学好きも後を絶ちません。
-あらすじ-
主人公は生まれ故郷である津軽地方を、3週間かけて旅します。
懐かしい場所から、行くことのなかった場所まで、ときには電車やバスや船を使い、ときには歩きながら津軽を周遊します。
道中で出会う人々、旧友、家族などを通して、主人公は津軽と自分自身を再認識していきます。
最後には育ての親のいる村に足を運び、彼女と再会を果たすところで物語は終わります。
・-概要-
主人公 | 私 |
物語の仕掛け人 | たけ(育ての親) |
主な舞台 | 青森県・津軽地方 |
時代背景 | 1944年(戦時下) |
作者 | 太宰治 |
-解説(考察)-
・『津軽』の章立てと物語のクライマックス
物語は全五章で、主人公が旅した地域を順番に紹介されていく形で進んでいきます。
序編では、主人公が青春時代に縁の深かった「金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐」という地域の紹介があります。
つづく本編の一章~五章では、主人公のあまり知らなかった地域の旅が綴られます。知っている土地は感情移入してしまうので、客観的には語れないからという太宰らしい理由です。
簡単にではありますが、それぞれの章の概略をみてみましょう。
・一 巡礼
東京から青森へ行く。友人T君との再会。
・二 蟹田
友人たちと蟹を食べ、酒を飲む。津軽人の人情味が描かれる。
・三 外ヶ浜
蟹田から北の竜飛岬に向かっての旅。観光のお寺やお宿の場面も。
・四 津軽平野
津軽地方の歴史と、実家の金木に立ち寄った場面が描かれる。
・五 西海岸
死んだ父の実家や、五所川原、鰺ヶ沢、深浦、小泊と、青森県北西部の旅が綴られる。最後の小泊で主人公の育ての親と再会し、物語は幕を閉じる。
『津軽』は太宰の津軽巡礼の記ですが、育ての親と再会するという旅の目的が、物語的なクライマックスにもなっています。
また、東京から青森に向かう列車では「寒さ」が強調されますが、物語の途中からは「暑い」ことが強調され、主人公の心理的な変化を体温で表現するなど、小説らしい構成も見られます。
このように、『津軽』は単純な旅行記ではなく、物語要素があり、読み物として楽しめる小説であるといえます。
・太宰が理解していた戦時中における小説の役割
作中には「国防上大事な場所なので、これ以上は詳しく描けない」という文章が度々出てきます。
太宰が津軽を旅していた当時、日本は戦争の真っ只中でした。
配給制度で、お酒はもちろん食料も慢性的に不足していました。
しかし作中では、主人公をもてなそうと皆がお酒を用意してくれており、食事も蟹や鯛や鮑などが惜しみなく出てきます。
当時の状況を考えると、多くの読者はこうした描写に魅力を感じたでしょう。
また、太宰は津軽を魅力的に描くことにもっと積極的です。
物語の終盤、育ての親を探しに訪れた小泊という村で運動会が行われています。
お昼時でしたので、運動場では酒の入った父兄たちと子どもが重箱を広げて、大陽気で語り合っています。その様子は戦時下とは思えないほど平和で、主人公はまるで異世界のように感じます。
海を越え山を越え、母を捜して三千里歩いて、行き着いた国の果の砂丘の上に、華麗なお神楽が催されていたというようなお伽噺の主人公に私はなったような気がした。
まるで桃源郷のように小泊という小さな漁村を描写しています。
さらに、物語の最後には満開の桜のもとで育ての親と再会します。構成的にも物語的にも、これ以上ないほどのハッピーエンドです。
太宰は、戦時下における小説という娯楽の役割をしっかりと理解していました。
津軽を魅力的に描くことで、少しでも国民の希望に繋げようとしていたことが感じられる作品です。
-感想-
・津軽を描くことで太宰自身を描いた自伝的作品
この旅で主人公は自分を振り返ってみて、今まで自分の付き合ってきた人たちが、太宰治という人間をつくりあげていたことに気がつきます。
次の文章は物語のラストにある一文です。
見よ、私の忘れ得ぬ人は、青森に於けるT君であり、五所川原に於ける中畑さんであり、金木に於けるアヤであり、そうして小泊に於けるたけである。
これは、津島家という金木の大地主のもとに生まれながらも、庶民的な人々と多く付き合ってきたために、太宰治という独特な人間ができたということを表しています。
このようにみると、『津軽』は、津軽の歴史や文化、また人間性などを通して、太宰自身を描いた自伝的な作品であると言えるでしょう。
僕が『津軽』で好きな場面は、二章のSさんが津軽人流のもてなしをしてしまうところや、道中に買った一匹の鯛を旅館で塩焼きにする場面です。
また、四章の金木で兄たちが上品に酒を飲んでいる描写などは、それまでの主人公の野暮で豪快な飲みっぷりと対比的で、上手だなあと感じます。
随所に見られる津軽弁の成り立ち(カヤキ→貝焼き)や、津軽の歴史なども面白く、風土記としてしっかりと楽しみたい人にもおすすめできる作品です。
以上、『津軽』のあらすじと考察と感想でした。
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