『土曜夫人』とは?
『土曜夫人』は織田作之助が死ぬ前年に発表された後期の代表作です。
戦後の混乱の中、京都を舞台にさまざまな女性達の土曜日の物語が繰り広げられます。
個人的には、次の日曜日に土曜日の女性達とは対照的な女性を描いたことで、戦後の日本を象徴的に描いた作品だと思います。
ここではそんな『土曜夫人』の簡単なあらすじ・解説・感想をまとめました。
『土曜夫人』の簡単なあらすじ
土曜日の夜、様々な女性達が描かれる。
美人ダンサーの陽子、同じくダンスが上手な茉莉。家出少女のチマ子に、靴磨きのカラ子や、バーの夏子。浮気者の芳子に、パトロンを持つ貴子はチマ子の母親だ。
そんな彼女たちを取り巻く、カメラマンの木崎、元侯爵の春隆、女慣れしている京吉、若手事業家の章三といった男の面々。
彼ら彼女らが複雑に絡まり合い、それぞれの出来事が起こるうちに土曜の夜は更けていく。
日は変わり、日曜日になると物語は再び動き始める。
・『土曜夫人』の概要
主な舞台 | 京都 |
時代背景 | 戦後直後 |
作者 | 織田作之助 |
-解説(考察)-
・『土曜夫人』のテーマ
『土曜夫人』の物語には、
- 誰もが人生の主人公なのだ
というテーマがあります。
主人公がひっきりなしに入れ替わる物語なので、誰が本当の主人公か分からない。そんな物語の構図から、このようなメッセージが読み取れる作品になっています。
このテーマについては、作中で「作者自身」と言われる人物が解説しているものが分かりやすいです。長いですが引用します。
この物語の主人公は、ダンサー陽子であろうか、カメラマンの木崎であろうか、それとも田村のマダム貴子であろうか、そのパトロンの章三であろうか、またはかつてのパトロンの銀造であろうか、その娘チマ子であろうか、田村の居候の京吉が主人公だともいえるし、京吉を兄ちゃんと呼んでいるカラ子も主人公の資格がないとは言い切れない。乗竹春隆もむろんそうだ。
そう言えば、アコーディオン弾きの坂野も、その細君の芳子も、その情夫のグッドモーニングの銀ちゃんもセントルイスのマダムの夏子も、貴子の友達の露子も、素人スリの北山も、清閑荘の女中のおシンも、上海帰りのルミも、芸者の千代若も、仏壇お春も、何じ世相がうんだ風変りな人物である以上、主人公たり得ることを要求する権利を持っているのだ。(中略)
いわば、彼等はみんな主人公なのだ。十番館のホールで自殺した茉莉ですら主人公だ。しかし、同時にまた、この人物だけがとくに主人公だということは出来ないのだ。
要するに、物語の登場人物の誰もが主人公であると同時に、この人物だけが主人公ということは言えないということを言っています。
『土曜夫人』は、日本が敗戦国となった戦後の混乱期に書かれた小説であることから、こうした「誰もが主人公だ」というテーマは、そのような時代に向かって放たれた言葉のようにも読み取れます。
とはいえ、作品が一連の流れに基づいた物語である以上、やはり主軸となる部分は存在します。
次の項目では、『土曜夫人』の人物相関図を見ていくことで、作品の構図や主軸となる人物を明らかにしていきます。
・『土曜夫人』の人物相関図
『土曜夫人』には30人ほどの登場人物が出てきます。
ここではその中から主要な人物を相関図にまとめてみました。
この相関図を見て分かることは、
- 陽子
- 京吉
にたくさんの関連線が集まっていることです。
カメラマンの木崎や、料亭田村のママ・貴子など、物語のメインにいる人物と比べてもその差ははっきりしています。
つまり、様々な人物が主人公だという作者の主張とは裏腹に、やはり物語の主軸となる人物は存在しているということです。
その人物とは京吉と陽子であり、物語はこの二人を軸に展開されていると考えられます。
『土曜夫人』が面白いのは、そうした二人を軸としながら、関連する人物の人生やバックグラウンドまでもが克明に描かれるという点でしょう。
そうすることで、作者の狙いである「誰もが主人公」だというテーマを浮かび上がらせ、かつ物語に奥行きを持たせています。
-感想-
・来たるべき日曜日と戦後日本の行く末
物語終盤に出てくる三等列車の美女が、この物語の重要人物のような気がします。
彼女は「かつての日本には殆んど見られなかった人物」であり、計り知れない美貌の持ち主です。
「あたしに会いたければ、銀座のアルセーヌにいらっしゃい」という言葉を残し、彼女は立ち去ります。
『土曜夫人』は、
- 土曜の晩は女が乱れる
という前提の上にある物語であり、実際に登場するほとんどの女性が、男となにかしらの関係を持って土曜の夜を過ごします。
しかし終盤にでてくる列車に乗っているアルセーヌの美女は、唯一、日曜日になってから登場する人物です。
彼女は土曜日に描かれた女性たちと差別化され、いわば「日曜夫人」といえます。
戦前の日本を土曜日の女性達が象徴するなら、アルセーヌの女性は戦争が明けた戦後の日本を象徴する人物です。
第二次世界大戦という大きな戦争が終わり、転換を求められていた当時の日本を象徴するような彼女の登場は、『土曜夫人』が単なる土曜日の女性達を描いた物語ではなく、来たるべき次の時代を描こうとする物語であることを表しているのかもしれません。
以上、『土曜夫人』のあらすじと考察と感想でした。
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