源氏物語

源氏物語「野分」のあらすじ!夕霧の「野分の垣間見」を分かりやすく解説!

2022年7月2日

『源氏物語』第28帖「野分」のあらすじ

光源氏:36歳

六条院を嵐が襲う

秋、秋好中宮の庭が素晴らしく見頃な頃、台風が六条院を襲います。

花々は倒れ、女君たちは恐ろしさに夜も眠れませんでした。

野分の垣間見

夕霧が風の見舞いのために光源氏のもとを訪れると、偶然紫上の姿を見てしまいます。

初めて目にした紫上はたいへん美しく、夕霧は思わず心を奪われしまいます。

光源氏が夕霧とともに六条院の女性たちを見舞う

六条院の女性たちは昨夜の台風で心細い思いをしていたので、光源氏は夕霧を連れ、彼女たちを見舞うことにしました。

玉鬘の邸では、光源氏が実の親とは思えないような素振りで彼女と接しているのを見て、夕霧は驚きを禁じ得ません。

頭中将(内大臣)が娘の不出来を嘆く

最後に夕霧だけで大宮(夕霧の祖母・葵上の母)のもとへ見舞いに行きますが、そこにいたのは頭中将(内大臣・大宮の息子で葵上の兄)です。

彼は娘たちの不出来を嘆き、大宮に近江君を押し付けようと画策しているのでした。

『源氏物語』「野分」の恋愛パターン

夕霧→紫上

  • 夕霧:野分の垣間見(後述)で紫上の姿を初めて見て、その美しさに心奪われる
  • 紫上:夕霧に見られたかもしれないと光源氏から知らされると顔を赤くする

『源氏物語』「野分」の感想&面白ポイント

野分(台風)で六条院の女性たちが整理される

『源氏物語』では、一度物語を整理して新たな展開を迎えようとするとき、

それぞれの女性たちの様子が描かれる

という手法が取られることがあります。

具体的には、

といった場面が挙げられます。

「野分」巻では、野分(野を分けるほどの強い風。台風)が吹くことで、どこか穏やかでない六条院の様子が描かれます。

ここでは、六条院に住む女性たちの不安を慰めるため、光源氏が夕霧を連れて彼女たちを見舞うという形を取っているわけですね。

光源氏が夕霧と一緒に彼女たちを見舞う順番は以下の通りです。

  • 紫上
  • 秋好中宮
  • 明石の君
  • 玉鬘
  • 花散里
  • 明石の姫君(夕霧だけ)
  • 大宮(夕霧だけ)

二条東院にいる「空蝉」や「末摘花」の様子が描かれていないことから、彼女たちは物語からフェードアウトしていくことが読み取れます。

一方、紫上・玉鬘・明石の姫君の3人は夕霧の目を通して美しく描写されており、この3人だけには花の形容がされているなど、丁寧な下準備が伺えます。

以下は花に喩えられている三人をまとめました。

  • 紫上の姿:風流な樺桜が咲き乱れているような美しさ(桜)
  • 玉鬘の姿:咲き乱れる八重山吹に露がかかり、夕日に照らされているような美しさ(山吹)
  • 明石の姫君の姿:小高い木から咲いて風に靡いている藤の花のような美しさ(藤)

今後の物語は彼女たちを中心に進んでゆくことが予想できる盛り上げ方で、読者を次の展開に期待させる巧みな仕掛けといえるでしょう。

「野分」という言葉の効果 桐壺巻「野分立ちて」からみるイメージ

先にも述べた通り「野分」は野を分つほどの風、つまりは台風を意味します。

この野分という言葉は、第1帖「桐壺」巻で、桐壺帝が亡き桐壺更衣を追憶するときにも用いられています。

野分のような強い風が吹くにわかに肌寒い夕暮れに、いつもより心細さの募る桐壺帝は色々と思い出すことが多く、(桐壺更衣が遺した産まれたばかりの息子・光源氏のことが気にかかるので)靭負命婦という女房を桐壺更衣の家に遣わした。

野分立ちてにはかに肌寒き夕暮れのほど、常よりも思し出づること多くて、靭負命婦といふを遣はす)

『源氏物語「桐壺」』

野分を感じた桐壺帝が、その冷たい風を受けて心細くなり、亡き桐壺更衣を連想しているわけですね。

「野分」巻では、野分それ自体の恐ろしさは、美しい女性たちのうららかな描写の影に隠れている印象です。

しかし、『源氏物語』において悪天候や天変地異は凶兆を示すことが多く、野分の持つ言葉のイメージとともに、物語の流れはどこか良くない方へ進んでゆくのではないかという雰囲気を、この巻からは読み取ることができます。

「野分の垣間見」夕霧が初めて見る紫上

さて、野分の見舞いで光源氏を訪れた夕霧は、生まれて初めて紫上の姿を見ます。

そして、

夕霧
う、美しすぎる、、、!

となるわけです。

光源氏は紫上を取られないよう大切にしていたので、彼女の姿が人前に晒されることはあまりありません。

しかし、強風に吹き飛ばされないように、屏風なども置いていなかったので、図らずも彼女の姿を見ることができたわけです。

▽夕霧が紫上を垣間見する場面

「野分の垣間見」場面

屏風も、風がとても強く吹いてきたために隅の方へ寄せているので、奥の方までよく見える。その廂の御座に座っている人は、一見してほかの人とは違うことが分かった。気品があってこの上なく美しく、その光景はさっと脳裏に焼きつく綺麗な絵のような感じさえして、春の曙の霞の間から、見事に咲き乱れる美しい樺桜を見るような心地がする。

(御屏風も、風のいたく吹きければ押したたみ寄せたるに、見通しあらはなる廂の御座にゐたまへる人、ものに紛るべくもあらず、気高くきよらに、さとにほふ心地して、春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す)

『源氏物語「野分」』

さすがというか、やはりというか、紫上を見た夕霧は一目で心を奪われます。

これは桐壺帝から続く因縁であり、桐壺帝の血は、遺伝子レベルで彼女の容姿を求めていることが分かります。

▽親子3代で桐壺更衣のような女性がタイプ

事の発端は、桐壺更衣に惹かれた桐壺帝です。

彼は更衣という低い身分である桐壺更衣に入れ込み、彼女が亡き後は桐壺更衣のそっくりさんである藤壺を見つけ出し、皇后にしています。

光源氏は母親を見たことはありませんでしたが、皆が桐壺更衣と瓜二つだと言う藤壺を恋慕うようになるのです。

それから、藤壺そっくりである紫上(藤壺の姪)を見つけ出して拉致・養育し、幼い頃から自分好みの女性に仕立て上げ、その後結婚。

そんな紫上を「野分の垣間見」で見た、光源氏の息子・夕霧が心奪われるわけです。

小助
血は争えませんね

桐壺更衣から続いてきた桐壺そっくりさんへの恋は、源氏三代に渡って繰り広げられています。

とはいえ、夕霧は気の多い光源氏とは違い、たいへん生真面目な性格で、紫上への想いを「あってはならないことだ」と強く諌めています。

それでも脳裏にちらつく紫上の美しい姿に、ぼんやりとする瞬間もあるのでした。

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夕霧が初めて見る玉鬘

「野分」巻で描かれるのは、紫上の垣間見だけではありません。

夕霧は玉鬘(22歳の美しい女性で、頭中将と夕顔の娘。今は源氏が養子として迎え入れている)の姿も「垣間見」し、初めて拝見するのです。

玉鬘のことを実の姉だと思っている夕霧は、光源氏の親らしくない振る舞いを覗き見て不審に思います。

夕霧
え?なんか二人がすごい近づいているんだけど・・・どういうこと?

彼は見てはいけないようなものを見た気持ちになりますが、気になって仕方がありません。

以前から気になっていた玉鬘の姿を初めてよく見ると、なるほどあの紫上にも迫るかと思われる魅力があり、油断すれば間違いも起こりかねないと思うほど美しいのでした。

▽夕霧が玉鬘の姿を覗き見るシーン

夕霧は、父の光源氏が玉鬘にたいへん細やかにお話ししているので、どうにかして彼女の容貌を見たいと常々思っていたものだから、隅の間のすだれの、几帳はあるがきちんとしていないのを見つけて、そっと引き上げて見ると、きちんと片付いているので奥までよく見える。光源氏が人目も憚らずに玉鬘と戯れているのは、一体これはどういうことだ、親子でありながらあのように懐から離れず寄りあっているのはと、目が釘付けになっている。見ていることが父に知られないかと恐ろしいが、この状況に驚きなお見ていると

(中将、いとこまやかに聞こえたまふを、いかでこの御容貌見てしがなと思ひわたる心にて、隅の間の御簾の、几帳は添ひながらしどけなきを、やをら引き上げて見るに、紛るる物どもも取りやりたればいとよく見ゆ。かく戯れたまふけしきのしるきを、あやしのわざや、親子と聴こえながらかく懐離れずもの近かべきほどかはと、目とまりぬ。見やつけたまはむと恐ろしけれど、あやしきに心もおどろきてなほ見れば)

夕霧が玉鬘と光源氏の様子を見て、それを光源氏が気づかないという面白い場面です。

  • 光源氏:不審に思う夕霧が見ているのも知らず、玉鬘に歌まで詠んで恋心を訴える
  • 夕霧:見ていることが露見したらどうなることかとハラハラしながら、しかし目を離せない

描かれる二人の姿はユーモラスでもあり、「野分」巻の見どころとなっています。

夕霧
最後まで理解できないことが起こっていた・・・姉が・・父と・・・

気が動転する夕霧ですが、父・光源氏の謎めいた行為の正当性は、次巻の「行幸」で明かされることになります。

そもそも玉鬘ってどういう人?という方は別記事でまとめているのでご覧ください▽

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『源氏物語』「野分」の主な登場人物

光源氏

36歳。台風が来たため、夕霧と一緒に六条院の女性たちを見舞う。

夕霧

光源氏を見舞いに行くと、図らずも紫上の姿を垣間見する。

その後、父の光源氏と一緒に六条院をまわり、玉鬘と父の関係なども目撃し驚く。

紫上

夕霧に顔を見られたかもしれないと光源氏から告げられて、頬を赤らめる。

秋好中宮

秋を迎えて見頃の庭が、野分によって台無しになり心痛む。

玉鬘

嫌々ながらも源氏と戯れている姿を夕霧に見られる。

花散里

野分のあと、布を草花で染めている。染めのセンスは紫上にも劣らない。

明石の姫君

8歳。あどけなさは残るものの、さっぱりとした美しさだと夕霧に評される。

頭中将(内大臣)

大宮のもとへ赴き、娘たちの不出来を嘆く。

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