『源氏物語』第17帖「絵合」のあらすじ
斎宮(梅壺)が入内し、冷泉帝の寵愛を二分する
六条御息所の娘である斎宮が、光源氏と藤壺女院に押されて、冷泉帝の後宮に入内することになります。
それまで冷泉帝は、頭中将の娘である弘徽殿女御と懇意にしていました。
しかし絵が好きな彼は、絵が上手な斎宮にも同じくらい心惹かれていきます。
焦る頭中将
それを知った頭中将(現・権中納言)は、帝の寵愛が娘以外へ向くことに対して焦りを抱きます。
彼は娘にも絵で帝の気を引くように言い、都中の絵を集め始めるのです。
そのことを聞いた光源氏は、相変わらず負けず嫌いだなと笑いながらも、頭中将と競い始めます。
物語は「頭中将の娘である弘徽殿女御 VS 光源氏が擁する斎宮」という対立を帯びていくのです。
藤壺女院の御前で絵合せが行われる
弘徽殿は今風絵を、斎宮は古風絵を推しており、その蒐集合戦はエスカレートしていきます。
光源氏は勝敗のつかない論議を見て、藤壺女御の御前で絵合わせの対決をすることを提案します。
弘徽殿派と斎宮派によって、甲乙つけがたい論戦が藤壺の御前で繰り広げられたのち、勝敗は後日、冷泉帝の御前に持ち越されます。
光源氏の絵で斎宮方が勝利
冷泉帝の御前での絵合せは、互いに名品を揃えたために再度白熱しますが、最後の一枚である光源氏の須磨の絵によって、斎宮派が勝利します。
光源氏はその夜、自分が栄華の極みにいることを感じながら、盛者必衰の例によって早死することを免れるため、自身の出家を考えるのでした。
『源氏物語』「絵合」の恋愛パターン
冷泉帝―斎宮(梅壺女御)
- 冷泉帝:弘徽殿女御(頭中将の娘)と仲睦まじかったが、絵の上手な斎宮に心惹かれていく
- 斎宮(梅壺女御):入内後、弘徽殿女御を差し置いて頭角を表してくる
『源氏物語』「絵合」の感想&面白ポイント
頭中将側と光源氏側の勝負が面白い
絵合巻で面白いのは、帝の寵愛をものにするために、頭中将側の弘徽殿女御と光源氏側の斎宮が対立して、絵合で競い合うところです。
光源氏と頭中将は古くからの友人でもあり、また何かにつけて競い合うライバル関係でもあります。
光源氏と頭中将の競い合い
といっても敵対しているわけではなく、第12帖「須磨」では都から追放されている光源氏を、自らの危険も顧みずに訪問してくるなど、熱い友情を見せたりもします。
ここに2つの面白さが見て取れます。
- もはや"定番化"した二人の競い合い見られるという、コメディのような面白さ。
- かつては自分たちがプレイヤーとなって競い遊んでいた光源氏と頭中将が、子どもたちを通して間接的に戦っているという、源氏物語内の経年を感じるしみじみとした面白さ
この2つの面白さが絡み合って、心地よい気分で愉快に読める、そんな良さが「絵合」巻にはあります。
優れているのは古風か今風か?竹取物語と宇津保物語の比較議論
絵合せの勝負では、弘徽殿側と斎宮側に分かれて議論が交わされます。
弘徽殿側は今風を良しとし、斎宮側は古風を良しとします。
具体的には以下のとおりです。
- 今風の弘徽殿側:『宇津保物語・俊蔭巻』(10世紀後半成立)・『正三位』(現在は散逸)
- 古風の斎宮(梅壺)側:『竹取物語』(9世紀~10世紀前半成立)・『伊勢物語』(9世紀~10世紀前半成立)
今となってはどちらも大差ないほどの古い物語ですが、当時は『竹取物語』や『伊勢物語』が古典で、『宇津保物語』が現代的な作品だったことが分かります。
どんな内容だったのか、藤壺の御前で行われた弘徽殿側と斎宮側のやりとりを分かりやすくまとめました。
『正三位』はすでに散逸してしまっていて、どんな内容なのかは推し量ることしか出来ませんが、『伊勢物語』と比べられるくらいだから、当時流行した作品だったのでしょう。
このように白熱した絵合せ議論が宮中で行われていて、それを若い女房たちは「死ぬほど見たがっている」らしいです笑。
あさはかなる若人どもは死にかへりゆかしがれど
(絵に詳しくない若い女房たちは死ぬほど絵合わせを見たがっているけれど)『源氏物語「絵合」』巻
「死ぬくらい〇〇だ」という表現は当時からあったんですね。
「絵合」巻のこの部分は、そのくらいエキサイトだったことがよく分かる一幕です。
斎宮に絵を贈る朱雀院
朱雀院は、かねてから斎宮に想いを寄せていました。
そのことが分かるのは第10帖「賢木」巻。六条御息所の伊勢下向の日、朱雀帝だった彼は斎宮に一目惚れして、櫛を贈っているのです。
そんな斎宮が第14帖「澪標」巻で帰京し、朱雀帝は朱雀院となっていました。
朱雀院は斎宮との接近を試みますが、六条御息所の遺言を聞いた光源氏と藤壺が、斎宮を冷泉帝の後宮に入内させます。
光源氏が斎宮の入内に関して表立った動きが出来ないのは、こうした朱雀院の気持ちを知っているからなんですね。
斎宮が冷泉帝の後宮へ入り、梅壺女御となってからも、朱雀帝は彼女を諦めきれません。
第5帖「若紫」巻の伏線回収
この絵合わせの勝負に決着をつけるのが、光源氏が描いた須磨の絵です。
源氏が病気になったので、祈祷を受けるために北山へ赴き、その景色に感嘆している場面です。
「絵と見紛うほどの景色だ。このようなところに住む人は、この情景を心ゆくまで堪能し尽くすのだろうな」と源氏がおっしゃると、「それほどの景色でもございません、ほかの国などにある海や山の景色を御覧になりましたら、どんなにか御絵がご上達なさることでしょう」
(絵にいとよくも似たるかな。かかるところに住む人、心に思ひ残すことはあらじかしとのたまへば、これはいと浅くはべり、他の国などにはべる海山のありさまなどを御覧ぜさせてはべらば、いかに御絵いみじうまさらせたまはむ)
『源氏物語「若紫」』
この「若紫」巻で語られた通り、光源氏は名所と言われる須磨の浦の景色を見ることになります。
憂き目にあった光源氏は悲しい気持ちで須磨の絵を描き、その絵が「絵合」巻で皆に見せられるというわけです。
こうした念入りな伏線が折り重ねられていく点は、『源氏物語』最大の魅力といっても良いでしょう。
関連記事:『源氏物語』「若紫」巻〜藤壺と若紫の関係性から光源氏と葵上の不和まで〜
光源氏出家の思い
弘徽殿女御と梅壺女御の絵合せ合戦は、光源氏の須磨の絵によって決着を見せます。
光源氏は自分の人生が身に余るほど幸福なのを感じて、そろそろ出家しようかなと考えます。
というのも、若くして出世した人の命は例によって短いので、出家して生きながらえようというのです。
昔の例を見聞きしても、若くして大出世した人が長生きしたためしがない。自分の人生はすでに身に余る栄光に包まれている。一時須磨で憂き目にあったので、その辛苦があったために今まで生きながらえているのだ。今後の栄華はきっと私の命を短くするだろう。静かに出家して後世のために勤め、少しでも長く生きたいものだ。
(昔の例を見聞くにも、齢足らで官位高くのぼり世に抜ける人の、長くえ保たぬわざなりけり。この御世には身のほどおぼえすぎにたり。中ごろなきになりて沈みたりし愁へにかはりて、今までもながらふるなり。今より後のさかえはなほ命後ろめたし。静かに籠もりゐて後の世のことをつとめ、かつは齢をも延べん。)
『源氏物語「絵合」』
自身の状況を覚めた目で見て、いつでも平静を保っている点に、光源氏のスーパーマンらしさが垣間見られる場面です。
この出家願望はどういう結末を迎えるのでしょうか。次回は第18帖「松風」です。
『源氏物語』「絵合」の主な登場人物
光源氏
斎宮を入内させるも、彼女に思いを寄せている朱雀院に後ろめたい。
絵合せの行事には彼の須磨の絵をもって勝利へと導く。
梅壺(斎宮)
六条御息所の遺女である斎宮が入内し、梅壺女御となる。
絵が上手くおっとりとした性格の彼女は、次第に冷泉帝の心を動かしていく。
冷泉帝
藤壺と桐壺帝との子(本当は光源氏との子)である冷泉帝 。
弘徽殿女御と仲睦まじかったが、絵が好きなため斎宮にも心惹かれていく。
頭中将(権中納言)
入内させた娘が帝の寵愛を受けていたが、斎宮の登場によってその地位が危うくなる。
娘の立場を確かなものにしようと、帝の気を引くため絵の蒐集に勤しむ。
朱雀院
斎宮に想いを寄せているが、彼女は冷泉帝の後宮に入ってしまう。
諦めきれない朱雀院は斎宮に絵を贈る。
帥宮
光源氏の異母弟。趣味が豊かで風雅な人物。
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