太宰治『トカトントン』ってなんの音?分かりやすく3分で解説!

投稿日:2019年9月1日 更新日:

『トカトントン』とは?

『トカトントン』は、太宰治の短編小説です。

トカトントンという音に悩んでいる青年の手紙を軸に、物語は進んでいきます。

多くの読者が疑問に思うのは、

この「トカトントン」という音が表すものは何か?

ということだと思います。

ここでは、トカトントンの音の解説や、あらすじ・感想までをまとめました。



-あらすじ-

主人公である26才の青年は、悩みを抱えています。

それは、どこからか「トカトントン」という音が聞こえるという悩みです。

その音は、何かに本気になったときに聞こえてきて、聞こえた途端に熱意が冷めてしまうのです。

玉音放送(天皇からの敗戦の報)を聞き、死のうと思ったらトカトントン。

一生懸命に仕事をすれば、トカトントン。

デモの行進に心を打たれて、トカトントン。

主人公はそうした悩みを、手紙で某作家に打ち明けます。

この某作家は、無学無思想の男ですが、次のように答えます。

「気取った苦労ですね。マタイの十章二八を読んでみてください。

その言葉に霹靂(へきれき)を感ずることができたら、君の幻聴はやむはずです。不尽」

-概要-

主人公 26才の青年
物語の仕掛け人 某作家
主な舞台 青森県
時代背景 戦争終結直後
作者 太宰治



-解説(考察)-

・トカトントンの音が表すものとは?

まず、この”トカトントン”というですが、当時の日本は空襲などで多くの家が倒壊していました。

それを立て直すために、町中でトンカチの音が鳴り響いていたと考えられます。

主人公が玉音放送(天皇からの敗戦の報)を聞いたときも、トンカチの音が鳴っていました。

敗戦を知ったときの心境とトンカチの音が重なり、以後も同じような心境になると、どこからかトンカチの音が響いてきます。

このことから、

・敗戦と同じような喪失感
・情熱が砕かれる失望感

を味わいたくないという心理が、背景にあることが分かります。

これは、玉音放送を聞いた当時の若者が、多く感じることのようです。

(『この世界の片隅に』でも、同じように玉音放送を聞いた主人公が描かれていて、わかりやすいです。)

その後、この「トカトントン」が聞こえるのは、主人公が何かに本気になろうとしたときです。

仕事、恋愛、スポーツ、芸術、政治。

何かに真剣になろうとすると、まるで主人公を抑制するかのように響きます。

このように見ると、トカトントンという音は、

失望感や喪失感の心理状態を、音のトラウマとともに表している

と言えます。

実際に太宰治は、保知勇二朗というファンにあてた手紙で次のように書いています。

いつかあなたの手紙にあったトンカチの音を、とりいれてみたいと思っています。(中略)若い人たちのげんざいの苦悩を書いてみたいと思っているのです。

「若い人たちのげんざいの苦悩」とは、戦争後の喪失・失望感であり、執筆当初からそれをトンカチの音と関連させる構想だったことが分かります。



・”トカトントン”のもう一つの意味

トカトントンの音には、もう一つの意味がかかっています。

それは、

キリストが処刑されるときの、十字架に手と足に釘を打ち付けられる音

です。

なぜキリスト?と思った方もいるかもしれません。

その答えは、物語の結末部にある、『マタイ十章 二八』の引用にあります。

身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ

少し難しいですね。聖書の一節ですので硬い文章です。これは要するに、

肉体しか殺せない人間はおそれなくてよい、身体も魂も滅することができる神を畏敬しなさい。

という意味になります。これはキリストの処刑と繋がります。

キリストは敵に捕まり、一度殺されます。

しかし、それは人間がキリストの肉体を殺したというだけで、魂までは殺せていません。

だから、キリストは復活を果たします。

これをまとめると次のようになり、「某作家」が主人公に『マタイ十章 二八』を贈った理由が見えてきます。

キリストは釘を打つ音が聞こえても復活した。それは魂が死ななかったからだ。

釘を打つ音が失望や喪失の象徴だとしても、魂さえ残っていればそれは乗り越えられる。

敗戦という形で戦争が終結し、青年はなぜだか分からない失望感を”トカトントン”の音とともに引きずっていました。

『マタイ十章 二八』は、キリストの磔刑と”トカトントン”という音から連想した、青年に向けた「某作家」の励ましの言葉であるといえるでしょう。


-感想-

・太宰の影を追いかける作品構成

この作品は、

・青年
・語り手
・某作家

三人の視点で構成されています。

最初に青年の手紙から始まり、それが一度「敬具」で終わります。

その瞬間、読者はこれが手紙だったことを思い出します。

『トカトントン』の面白い点は、この

物語の構成と、青年の自意識

にあると思います。まずは青年の自意識から見ていきましょう。

青年の自意識

青年は小心者ゆえに、憧れの「某作家」に手紙を出せなかったと言いつつ、差し出した手紙では

そうしてそれから、(私の文章には、ずいぶん、そうしてそれからが多いでしょう?・・・(中略)・・・)そうしてそれから、

のように、自虐的なユーモアさえみせてます。

また、手紙の最後には、

読みかえさず、このままお送り致します。

と書いていますが、手紙を出せなかったほど小心者の彼の性格を考えると、きっと100回も見返したのではないでしょうか。

花江さんもデモも全て嘘だという割には、物語もやけに整然としています。

このようなことから、青年は「某作家」に”トカトントン”の物語を読んで欲しかったのではないかと思います。

そうした思惑がありながらも、「悩み」を聞いて欲しいという建前で、自らの作品をオブラートに包んでいます。

こうした青年の自意識が、この手紙からは読み取れるような気がします。

「某作家」と「語り手」からみる物語の構造が面白い。

一方、その手紙を受け取った「某作家」は、

気取った苦悩ですね。(中略)いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようです。

一蹴します。

これは、青年が作品をオブラートで包んでいることを見抜いた「某作家」が、自らの実力を世間にさらし出すことの辛さを避けている青年に向けたセリフのように取れます。

さらに「某作家」は『マタイの福音』などを引用することで、どこか聖職者気取りのようすです。

しかし、そのまた一方では、「語り手」が「某作家」のことを

むざんにも無学無思想の男

と形容しています。

「某作家」をも批判することで、相対的に「語り手」の地位を上げてます。

読者である僕たちは、「某作家」が太宰であることを想像すると同時に、この「語り手」もやはり太宰であることを想像してしまいます。

そうしてもちろん、これらの太宰は作家・太宰治同一ではありません

太宰が太宰を批判することで、他者からの批判をあらかじめ抑制し、太宰の本心を遠くへ逃がす構造になっています。

『トカトントン』は、こうした

太宰の「影」とでもいうべき存在を追いかける構造

が面白い作品だと思います。

このように、”トカトントン”の音以外にも、青年のセリフや、物語の構造も見逃せないポイントです。



-評価-

自意識の重層構造

トカトントンという音の面白さ

今日のポイント! 『トカトントン』の要点

  • ”トカトントン”という音を軸に悩める青年を描いた物語

・作品情報

◆『トカトントン』(『太宰治全集8』,筑摩書房)◆

◆ 著者:太宰治
◆ 発行者:山野浩一
◆ 発行所:筑摩書房
◆ 印刷所:三松堂印刷株式会社
◆ 製本所:三松堂印刷株式会社
◆ 『トカトントン』初出:1947年1月1日

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